Japanese

Lecture

第13回「映画が縦長になったらどうなるか? ~スクリーンの形の意味と可能性について~」

2016.3.24

大谷能生×岡田秀則×七里圭

そもそも一体、なぜ映画のスクリーンは横長であって、縦長ではないのか? 今や皆、スマホやタブレットを縦画面にしながら、動画を見るということをごく普通に平気でやっているのに、なぜいまだにスクリーンは横長のままなのだろう? 批評家・音楽家の大谷能生氏が第8回の講座の最後になってふと投げかけた、新鮮でユニークこの上ない問題提起に取り組むべく、再び同氏、そしてフィルムセンターの主任研究員である岡田秀則氏をゲストに迎えて、第13回の討議がスタートすることに。

縦長のフレームで自分が映画を作ると考えてみた場合、ツーショットやグループショットが撮りにくくなり、横長のフレームで物語を作ってきた従来の感覚とは異なるドラマツルギーを新たに考えざるをえない。そうなった場合、ほとんどが一対一のパーソナルで即物的な関係性しか描けなくなるのでは…と、七里監督から早々と結論めいた意見が飛び出した後、まずは議論の出発点に立ち返って、岡田氏の方から、映画のスクリーン・サイズの変遷をざっと振り返る歴史の授業。

1895年の映画の発明に数年先立って、イーストマン・コダック社がロールフィルムを発明し、その大本の初期設定において決定された横長のフィルムが、映画の画面サイズを規定するようになったこと。そこで縦長ではなく横長が選択されたのは、既存の劇場という形態にそれがマッチする形だったからではないか、と。さらにはまた、1950年代、TVの発明に対抗すべく、シネマスコープやシネラマ方式などによる映画が相次いで登場し、いっそう横長のワイドスクリーン時代が映画界に到来したこと、などが語られた。

その上で、さて映画を縦長にして見てみると一体どうなるのか、実際に試してみようと、七里監督が、日大芸術学部の学生・松岡ジョセフ君の協力を得て、既存の映画の抜粋場面を、画面の左右を黒味で覆ってトリミングし、強引に縦長の画面に仕立て直した上で、加工前と加工後の両方の場面を見比べるという、何とも風変わりな実験的試みが、その日会場に集まった聴衆・観客たちを前にして、いざ繰り広げられることに。そこで実験のサンプルに選び出されたのは、『キング・コング』(1933 メリアン・C・クーパー&アーネスト・B・シェードサック)、『めまい』(1958 アルフレッド・ヒッチコック)、『恋恋風塵』(1987 候孝賢)など、古今東西のさまざまな映画の一場面。

その中には、ヴィスタ画面の完璧な構図を誇る『捜索者』(1956 ジョン・フォード)の名高い冒頭と終幕の場面も含まれ、はたしてこの非情な実験にどこまであなたは耐えられるかと、それを見守る観客たちのシネフィル度が試されることになる一方、岸田森と谷ナオミが狭い室内でねちっこく絡み合う日活ロマンポルノ『黒薔薇昇天』(1975 神代辰巳)の濡れ場や、藤純子と菅原文太が浅草の凌雲閣で敵方と対決する『緋牡丹博徒 お竜参上』(1970 加藤泰)のクライマックスでは、ここぞとばかりにタイミングを見計らった七里監督の見事な加工・編集により、アッと驚く意外な見せ場が飛び出し、満場の爆笑を誘う愉快な一幕も。

その一方で、校内をうろつき回る登場人物をキャメラがひたすらフォローして追いかける『エレファント』(2003 ガス・ヴァン・サント)のような作品は、画面の両端をトリミングすると、周囲の状況が見えなくなる分、かえって切迫した緊張感や臨場感が増して、いいか悪いかは別として、縦長でもそれなりに成立する今日的な映画かもしれない、と七里監督。

そのほか、最近は海外でも実際に、スクリーンを横長の形ではなくあえて縦長の垂直方向に設置し、そこに、主に実験映画作家たちがそれ専用に作り上げた映像作品を上映する、「ヴァーティカル・シネマ(垂直映画)」なる特別な催しが開かれていること、そしてまた、画面のフレームが映画の全編を通じてあれこれめまぐるしく変化する無声喜劇の珍品『山猫リシュカ』(1921 エルンスト・ルビッチ)や、主人公の回想場面で画面のフレームを楕円形に縁どった『野菊の如き君なりき』(1955 木下恵介)といった異色の試みも紹介された。

その後、改めて3人が今後の映画の可能性について活発に討議。当初、劇場に依存する形で映画の興行形態が始まったものの、映画の観賞・受容形態がすっかり多様化する今日、もはや劇場や横長のスクリーンに囚われることなく、別の映画を作る可能性は充分あるはず。観客の側の見たいという欲望と資本主義的な論理や技術との悪しき馴れ合いが、本来、映画が持っていた多種多様な世界の切り取り方をどんどん痩せ細らせる方向へと向かっている中、それをしっかりと見極めた上でそれとはまた違う映画は作れるし、やらないとね、とゲストの2人に念押しされる形で、七里監督がいずれ縦長映画を撮る決意を固めたところで(!?)、連続講座の第3期を締め括る第13回はなごやかに幕を閉じた。 

(桑野仁)

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