Lecture

第5回「サイボーグになった私たちのまなざしはイメージをどう捉えるか?」〜映画分析においてデジタル技術がもつ意味〜

2014.11.27

平倉圭×吉田広明×七里圭

前回に引き続き、ゲストに平倉圭氏を招いて行われた今回の連続講座は、まず吉田広明氏が、これまでの連続講座の議論を踏まえながら「表象体系の変化」についての見解が述べられる。

何かを別の何かで表すという表象という行為は、その際には必ず欠如を抱えるはずだ。そこに欠如があるからこそ想像力を働かせる余地があり、豊かなものになるのだろう、と考える吉田氏は、しかしどうやら近年、表象が抱えるズレや欠如というものが意識されないまま映像が作られているのではないか、そしてそれはデジタルそのものの問題というよりソーシャル化の方に原因があるのかもしれないと思うようになったという。デジタルでもアナログでもフィルムでも何らかの現実を切り取り、そこに欠如があることは同じであり、区別しないほうがよいかもしれない、と。

一方、平倉氏は、今までの、デジタルをアナログ的なフィルム対して劣に置いてしまいがちだった問題設定は「インデックス性、物質性、痕跡とかに囚われすぎている」と指摘し、物が像に写されるやり方が変わるという観点から表象体系の変化を捉えるのではなく、人工物=テクノロジーを介することで、“どのように/どのような”新しい知覚を手にすることが出来るかを考えるべきであると主張する。

テクノロジーの可能性を占有している者たちが作った規範的な使い方をすることを「金持ちのデジタル」と評し、それに対して、規範に囚われない自由で独創的なテクノロジーの使い方を「貧乏人のデジタル」という前回でも触れられた腑分けをしたうえで、テクノロジーを否定することではなく、テクノロジーを自分のやり方で使うということにこそ戦いの場はある、と説く平倉氏。
そうして「貧乏人のデジタル」を探求し続けてきたゴダールの『ソシアリスム』5.1ch分析が開始される。七里監督が以前から脈略がなく、どう解釈してよいかわからなかったという『ソシアリスム』の音の構成は、編集ソフトというテクノロジーを介し、どのように分析されるのか。

5.1ch分析によって見出された意図的な片側の音の欠落、LからRへの突然の振り分け、そしてコピー&ペーストによって繰り返される音など、複雑で(脈略がなく?)デジタル的な音の構成は、もはや目の前に映し出されている光景が「内」なのか「外」なのかすら判別不可能な、「彫刻的」とも感じる空間を生じさせている。これは『アワーミュージック』に代表される今までのゴダール(というよりもフランソワ・ミュジー)の、音を滑らかなに縫い合わせるような「ブルジョワ」的な感性の音作りからかけ離れているものである、と解説。

これら詳細な分析を賞賛しつつも吉田氏と七里監督から、そうした音の構成はどういった意味を持つのか、と質問を投げかけられる。LとR、バラバラに異なる質のものが分断されつつ共にある、ということが「ソシアリスム」である、という解釈は可能だが、そういった解釈図式に落とし込むことは、この映画に適していないとして、まだまだ批評言語が足りていない、と平倉氏自ら、今後の課題を示唆。

また一方で、映画分析にこのようなデジタル技術を導入すること理由について、生物学的に自然な知覚とテクノロジーを介した知覚が対立するようにあるのではないということを示したい、と説明する平倉氏は、では、テクノロジーを介した知覚は、なにを目的とするのかについてこう述べる。その答えの1つは、この世界がどのようなものであるかを、私の身体が納得するようなリアリティで計算・記述すること、この世界の理解を深めること。
その意味で『ホーリー・モーターズ』は「装飾としてのデジタル」であり、あるいは『トランスフォーマー』は世界の理解(物の砕け飛び散る物理的法則)へと至るまえに消えてしまうとし、それに対して物の世界についての理解を与えてくれるものとしてトーマス・デマンドの『Pacific Sun』を例に挙げる。

また「世界の記述する」といったときの、「リアル」や「リアリティ」をどのように考えるのか、と七里監督からさらなる質問が飛ぶ。
それに対し平倉氏は、アンドレ・バザンの言う聖骸布を例にとり、聖骸布=キリストの痕跡ではなく、聖書に書かれているキリストがおこなった動きや発した言葉のパターンをこそ私たちは愛しているのだ、と説明。言葉の真の意味として「存在している」というブツとしてのリアル(キリスト自身、その痕跡)は問題ではなく、キリストの運動や言葉が誠意を持って記述されていれば、リアルは聖書(というテクノロジーを介して現れたもの)の側にあり、表象の理想が物質的接触じゃなくてもよい、とまとめられたところで、第5回は閉幕する。

(降矢聡)

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